2024年9月に日本初演を迎えたチェルフィッチュ × 藤倉大 with アンサンブル・ノマド 『リビングルームのメタモルフォーシス』東京公演を、映像化!
2021年のワークインプログレス公演から、約2年間にわたる創作を経て、2023年5月にウィーン芸術週間で世界初演。その後、ドイツ・ハノーファー、オランダ・アムステルダムを巡回し、2024年9月ついに東京芸術祭2024/東京芸術劇場にて日本初演を迎えました。
東京芸術劇場「ボンクリ・フェス」の常連で、藤倉からの信頼も厚い「アンサンブル・ノマド」とのコラボレーションも見どころです。
東京公演パンフレット掲載 アーティストコメント
(2023年5月世界初演時 執筆)
▼岡田利規
今回、ウィーン芸術週間(というフェスティバル)のインテンダントであるクリストフ・スラフマイルダーさんから、作曲家・藤倉大さんとのコラボレーションによる新作音楽劇をつくってみないかと提案をもらいました。願ってもないチャンスに、根本的に新しいありようの音楽劇をつくろう、という大それた野心を持って取り組みました。
根本的に新しいありようの音楽劇、とは? わたしは構想の最初の段階から、抽象的でしたが、戦略は一応持ってました。音楽と演劇の関係のありようを新しくすること。音楽と演劇の一方が、もう一方の従属物では決してないようなものをつくること。
大さんとであればそのようなものをつくれるだろうということは初めから確信していました。なぜなら大さんの音楽はとても強いからです。
今回のプロダクションのために彼が作曲した音楽は、演劇が語るストーリーや、役者たちの身体、かれらの演じるキャラクターの内面なり感情なりと結びつくためのものではありません。この作品において音楽は、役者たちのパフォーマンスによって生み出される想像的な空間状況と結びつきます。
演技によって立ち上がるフィクション性を帯びた空間、という容器の中に注がれるものとしての音楽と、コラボレートする演劇。
それが本作で試みた、音楽と演劇の関係の<新しいありよう>です。
そのような関係を音楽と結ぶことを、できうる限りの強度で実現するために、俳優たちとの演劇的フィクションを舞台上に生じさせるためのクリエーションの中で用いるコンセプトも、少なからず刷新されました。
今回わたしたちが目指したのは、フィクションを身体に帯びさせるところでゴールとするのではなく、そうした身体を媒介にして空間にフィクショナルな変容を施してみせること。そして、そのようにして変容した空間を、音楽がそこに注ぎ込まれる容器とすること。これらは、ともすれば抽象的な議論に聞こえてしまうでしょう。けれども今回一緒に仕事をした俳優たちは、これらをあくまでも具体的なこととして理解し実践することのできる力の持ち主でした。そんな彼らとでなければ実現できない新しい質感を備えたパフォーマンスを生み出すことを目指して、リハーサルを重ねました。
この作品のストーリーはいたってシンプルです。登場人物たちのごくありふれた、人間的な(人間中心的な、と言ってもよいでしょう)インタレストが容赦なく無化される、というものです。
わたしがそのような物語の内容を持つ<新しいありよう>の音楽劇をつくろうとしたのは、なにより、わたし自身のためです。わたしの世界の出来事・宇宙の事象をとらえる際の人間的/人間中心的な態度に変容を施したい。そのための経験を、日常的にこつこつ重ねていきたい。毎朝ひとくちふたくちのヨーグルトを食べる、というような具合にこつこつと。
この作品が、そのような小さな経験となりうるものの一つになったら、というこれもまた大それた野心! を持ってテキストを書きました。
▼藤倉大
音楽劇、いや、音楽と演劇とでも言いましょうか。僕はこれまで、3つのオペラを書きましたが、音楽劇を書くのは今回が初めてです。とはいえ、この作品は通常「音楽劇」と呼ばれるものとは違います。僕は3歳から10歳まで、劇団に所属していました。そこでは演技を学び、子どもから大人まで幅広い層の俳優と毎週一緒に演劇をつくっていました。今回岡田さんと俳優のみなさんの稽古を毎日見ていた僕には、このときのいろいろな思い出が蘇ってきました。パンデミックの影響で、僕はロンドンの自宅で仕事をし、俳優たちは東京でリハーサルを行っていました。
岡田さんのリハーサルを見ながら僕が作曲することもあるほど、僕たちは協力し合っていました。そして、そのシーンをもう一度やるときに、ロンドンからインターネットを通じて、作曲したばかりのデモを流し、東京の俳優と音楽をシンクロさせます。俳優たちは、初めて聴く音楽に反応します。ロンドンの部屋から送った音楽は、CDクオリティかそれ以上の音質で、わずか0.5秒で東京に届きました。
岡田さんと僕は、平和的かつ創造的なコラボレーションを行いました。岡田さんの脚本と俳優への演出に僕が反応し、岡田さんの脚本も僕が作曲した音楽に反応し、彼の演出を反映させました。これこそ、50-50のコラボレーションと言えるでしょう。
作品レビュー
「人間から遠く離れて——生の変質とエイリアン化する私たち」 越智雄磨
『リビングルームのメタモルフォーシス』にはある「野蛮さ」が描かれている。実際、登場人物たちは自らが住む「リビングルーム」の外側に存在するそこはかとなく存在する「野蛮さ」や「気配」への恐れを口にする。だが、それはやがて彼らにとって「親しみ」のあるものになっていく。
本作における登場人物たちは、かつての岡田作品におけるように、新自由主義社会におけるフリーターといったような具体的な社会的属性が明示されるわけでもなく、より抽象的に、より異様に、より普遍的に社会的権利を喪失する存在として示されているようだ。換言すれば、彼らは、より根源的に人間を人間たらしめている条件を脅かされている存在だとも言える。
劇中の大きな転機は、リビングルームの外部からの異様な姿形をした人物の訪問と共にやって来る。人間としての輪郭が溶解しているエイリアン(alien)のようなこの人物に対して、リビングルームの住人たちは畏れを抱く。しかし、劇の進行につれてこのエイリアンは、実は、彼らと同質/同室の存在なのではないかという気がしてくる。なぜなら、わずかな出来事でその秩序が崩壊してしまう脆く儚いリビングルームの住人たちもまた「疎外された者=エイリアン」に見えてくるからである。彼ら・彼女らは何かから「疎外されている(alienated)」という点で共通している。
この作品におけるリビングルームとは、人間の理性や権利、生命の安全を保障する空間であり、まさに「生」を囲い込む空間として機能している。しかし、いつその囲いが奪われ、「剥き出しの生」となってもおかしくない状況が示唆される。事実、リビングルームの変容と共に、住人たちは人間というには奇妙な動きを見せるようになり、姿形を非人間的なものへと変容させていく。
この作品を見ながら2人のアーティストが連想されたことを付記しておきたい。一人は、サミュエル・ベケットである。岡田が本作で描き出そうとしている抽象的で「非人間的」なイメージとベケットの作品で描かれている「人間性」を喪失した人物たちとが結びついたのだ。ベケットが描き出したのは、手足を欠いた人物、虫や動物のような人物である。人間の形と能力を喪失していく非人間的な存在として描かれるベケットの登場人物たちと人間としての輪郭が溶け出しているような形や動きを見せる岡田の本作の身体表象との間には類似性を見出すことができる。
もう一人、連想されたアーティストは室伏鴻である。『リビングルームのメタモルフォーシス』のドイツ公演の評では「舞踏を想起させる」という言葉も見られたが、評者がそのように言うのも納得できる。ヨーロッパでも頻繁に公演を行っていた室伏鴻の舞踏もまた獣や蠢く死体のようなエイリアン的身体(異質かつ疎外された身体)を示すものだった。
ベケットや室伏がなぜ人間の能力や姿形を喪失した非人間的な身体表象を提示し続けていたのかを今一度問い直すこと、そして、彼らの作業の延長線上に岡田の本作を位置づけてみることには、それなりの意義があると思われる。ベケットも室伏も20世紀半ば以降の人間の生の条件の変質に応答したアーティストである。そして岡田は、21世紀の今まさに進行中の私たちが生きる空間の変容を、「人間の条件」の変容を、暗喩的に描き出そうとしているのではないか。リビングルームの外から住人たちが感じ取った野蛮さは、好むと好まざるとに関わらず、もはや私たちの生の一部を成しているものなのかもしれない。
巡回先スケジュール
クレジット
作・演出:岡田利規
作曲:藤倉大
出演:青柳いづみ、朝倉千恵子、川﨑麻里子、椎橋綾那、矢澤誠、渡邊まな実
演奏:アンサンブル・ノマド
クラリネット/バスクラリネット:菊地秀夫
ファゴット/コントラファゴット:鹿野智子(9/20, 22, 25, 27, 28, 29)、塚原里江(9/21, 23, 26)
チェレスタ:及川夕美
第一ヴァイオリン:花田和加子
第二ヴァイオリン:川口静華
ヴィオラ:甲斐史子
チェロ:竹本聖子
音響:白石安紀
音響スーパーバイザー:石丸耕一(東京芸術劇場)
照明:髙田政義(RYU)
衣裳:藤谷香子(FAIFAI)
美術:dot architects
ドラマトゥルク:横堀応彦
技術監督:守山真利恵
舞台監督:湯山千景
テクニカルアドバイザー:川上大二郎(スケラボ)
英語翻訳:アヤ・オガワ
宣伝美術:REFLECTA, Inc.(岡﨑真理子+田岡美紗子)
プロデューサー:水野恵美(precog) 、黄木多美子(precog)
プロダクションマネージャー:武田侑子
アシスタントプロダクションマネージャー:遠藤七海
世界初演:
クラングフォルム・ウィーン[演奏]、大村わたる[出演]、山口真樹子[クリエイティブ・アドバイザー]、アンドレアス・レーゲルスベルガー[ドイツ語翻訳]、堀朝美[ツアーマネージャー]、平野みなの[アシスタントプロダクションマネージャー]
クリエーションワークショップ:
アンサンブル・ノマド[演奏]、辻本達也[カヴァー]、永見竜生[Nagie][サウンドデザイン]
委嘱:Wiener Festwochen
製作:Wiener Festwochen、一般社団法人チェルフィッチュ
共同製作:KunstFestSpiele Herrenhausen、Holland Festival、愛知県芸術劇場、独立行政法人国際交流基金
企画制作:株式会社precog
協力:KAJIMOTO、ナカゴー、急な坂スタジオ、山吹ファクトリー、公益財団法人セゾン文化財団、d&b audiotechnik GmbH & Co. KG.
記録映像
監督・編集:須藤崇規
マルチカム撮影:須藤崇規、曽根佳留、冨田了平
8K撮影:西村明也、三上亮
音声収録:石丸組
整音:永見竜生(Nagie)
記録助成 一般社団法人EPAD/文化庁 人材育成・収益化に向けた舞台芸術デジタルアーカイブ化推進支援事業
主催:東京芸術祭実⾏委員会[公益財団法⼈東京都歴史⽂化財団(東京芸術劇場・アーツカウンシル東京)、東京都]
助成:文化庁文化芸術振興費補助金(劇場・音楽堂等機能強化推進事業(劇場・音楽堂等機能強化総合支援事業))|独立行政法人日本芸術文化振興会
協賛:アサヒグループジャパン株式会社